彼は、実にみにくい鳥です。

ほんとうは、そんなことはないのですが、彼自身がそう思っていたので、みんなもそう思っていました。

いつもおどおどとしていて、自信を持たず、そのためにみんなに馬鹿にされていました。

どんな鳥も、彼よりは上だと思っていましたので、彼に会うとさも嫌そうに、しんねりと目をつぶったり、

もっとちいさなおしゃべりの鳥などは、いつもまっこうから悪口をしました。

彼の姿は鷹(たか)にそっくりでした。おお、もし本当に彼が鷹だったなら、こんな生はんかのちいさい鳥は、

もう名前を聞いただけでも、ぶるぶるふるえて、顔色を変えて、からだをちぢめて、木の葉のかげにでもかくれたでしょう。

ところが彼は、ほんとうは鷹の兄弟でも親類でもなく、するどい爪もするどいくちばしもありませんでしたから、

どんなに弱い鳥でも、彼をこわがる筈はなかったのです。

もちろん、鷹は、これをひじょうに気にかけて、いやがっていました。

それですから、彼の顔さえ見ると、肩をいからせて、早く名前をあらためろ、名前をあらためろと、いうのでした。




ある夕方、とうとう、鷹が彼のうちへやって参りました。

「おい。居るか。まだてめえは名前をかえないのか。ふん、ずいぶんてめえも恥知らずだな。

 てめえとおれじゃあ、よっぽど人格がちげぇんだよ。

 たとえばおれは、青いそらをどこまででも飛んで行く。てめえは、曇ってうすぐらい日か、夜でなくちゃ、出て来ない。

 それから、おれのくちばしやつめを見ろ。そして、よくてめえのとくらべて見るがいい。」

「そんなの無理だ。おれの名前は俺が勝手に付けたんじゃない。」

「無理じゃねぇ。ふん、それならおれがいい名を教えてやろう。屑というんだ。屑とな。いい名だろう。

 そこで、名前を変えるには、改名の披露というものをしないといけない。

 いいか。それはな、首へ屑と書いたふだをぶらさげて、私は以来屑と申しますと、口上を云って、やつらの所をおじぎしてまわるんだ!」

「そんなこと出来ない!」

「いいや、出来る。そうしろ。もしあさっての朝までに、てめえがそうしなかったら、つかみ殺すぞ!

 おれはあさっての朝早く、鳥のうちを一軒ずつまわって、てめえが来たかどうかを聞いてあるく。

 一軒でも来なかったという家があったら、もう貴様もその時がおしまいだぞ。」

「だってそれはあんまり無理じゃないか。そんなことする位なら、おれは死んだ方がましだ。今すぐ殺せ!」

「ふん、よく考えるんだな。屑なんてそんなにわるい名じゃないぜ。」

鷹は大きなはねを一杯にひろげて、自分の巣の方へ飛んで帰って行きました。




彼は、じっと目をつぶって考えました。

(おれは、なんでこういやがられるんだろう。そりゃあ、おれはとてもひどいことをした、罪人だけど。

でも、その分人助けだってしてるのに、誰も感謝してくれないどころか拒否される。

それにああ、今度は屑だなんて、首へふだをかけるなんて!)

あたりは、もううすくらくなっていました。彼は巣から飛び出しました。雲が意地悪く光って、低くたれています。

彼はまるで雲とすれすれになって、音なく空を飛びまわりました。






それからにわかに彼は口を大きくひらいて、はねをまっすぐに張って、まるで矢のようにそらをよこぎりました。

小さな羽虫が幾匹も幾匹もその咽喉(のど)にはいりました。

からだがつちにつくかつかないうちに、彼はひらりとまたそらへはねあがりました。

もう雲は鼠色になり、向うの山には山焼けの火がまっ赤です。


彼が思い切って飛ぶときは、そらがまるで二つに切れたように思われます。

一疋(ぴき)の甲虫(かぶとむし)が、夜だかの咽喉にはいって、ひどくもがきました。

彼はすぐそれを呑みこみましたが、その時何だかせなかがぞっとしたように思いました。


雲はもうまっくろく、東の方だけ山やけの火が赤くうつって、恐ろしいようです。

彼はむねがつかえたように思いながら、又そらへのぼりました。

又一疋の甲虫が、彼ののどに、はいりました。そしてまるで彼の咽喉をひっかいてばたばたしました。

彼はそれを無理にのみこんでしまいましたが、その時、急に胸がどきっとして、彼は大声をあげて泣き出しました。

泣きながらぐるぐるぐるぐる空をめぐったのです。

(ああ、かぶとむしや、たくさんの羽虫が、毎晩おれに殺される。

 そしてそのただ一つのおれがこんどは鷹に殺される。それがこんなにつらいんだ。ああ、つらい、つらい。

 おれはもう虫をたべないで餓えて死のう。いやその前にもう鷹がおれを殺すだろう。いや、その前に、おれは遠くの遠くの空の向うに行ってしまおう。)


山焼けの火は、だんだん水のように流れてひろがり、雲も赤く燃えているようです。

彼はまっすぐに、友達の川せみの所へ飛んで行きました。

きれいな川せみも、丁度起きて遠くの山火事を見ていた所でした。そして彼の降りて来たのを見て云いました。

「やあ、今晩は。何か急のご用かい。」

「ううん、おれは今度遠い所へ行くから、その前一寸(ちょっと)お前に遭(あ)いに来たんだ。」

「なんだって?行くなよ。蜂雀(はちすずめ)もあんな遠くにいるんだし、おれはひとりぼっちになっちまうじゃないか。」

「仕方ないんだ。もう今日は何も云わないで呉(く)れよ。それからお前も、どうしてもとらなければならない時のほかは、

 いたずらにお魚を取ったりしないようにして呉れよ。な、さよなら。」

「おい、どうしたんだ?まあもう一寸待てって。」

「いや、いつまで居てもおんなじだ。蜂雀にも、あとで宜しく伝えて呉れ。さよなら。もうあわないよ。さよなら。」


彼は泣きながら自分のお家へ帰って参りました。みじかい夏の夜はもうあけかかっていました。

羊歯(しだ)の葉は、よあけの霧を吸って、青くつめたくゆれました。

彼は高くきしきしきしと鳴きました。そして巣の中をきちんとかたづけ、きれいにからだ中のはねや毛をそろえて、また巣から飛び出しました。


霧がはれて、お日さまが丁度東からのぼりました。

彼はぐらぐらするほどまぶしいのをこらえて、矢のように、そっちへ飛んで行きました。

「お日さん、お日さん。どうぞおれをあなたの所へ連れてって下さい。灼(や)けて死んでもかまいません。

 おれのようなみにくいからだでも灼けるときには小さなひかりを出すでしょう。どうかおれを連れてって下さい。」

行っても行っても、お日さまは近くなりませんでした。かえってだんだん小さく遠くなりながらお日さまが云いました。

「お前は、そうか。なるほど、ずいぶんつらかろう。今度そらを飛んで、星にそうたのんでごらん。お前はひるの鳥ではないのだからな。」

彼はおじぎを一つしたと思いましたが、急にぐらぐらしてとうとう野原の草の上に落ちてしまいました。

そしてまるで夢を見ているようでした。

からだがずうっと赤や黄の星のあいだをのぼって行ったり、どこまでも風に飛ばされたり、又鷹が来てからだをつかんだりしたようでした。







つめたいものがにわかに顔に落ちました。彼は眼をひらきました。一本の若いすすきの葉から露がしたたったのでした。

もうすっかり夜になって、空は青ぐろく、一面の星がまたたいていました。

彼はそらへ飛びあがりました。今夜も山やけの火はまっかです。彼はその火のかすかな照りと、つめたいほしあかりの中をとびめぐりました。

それからもう一ぺん飛びめぐりました。そして思い切って西のそらのあの美しいオリオンの星の方に、まっすぐに飛びながら叫びました。

「お星さん。西の青じろいお星さん。どうかおれをあなたのところへ連れてって下さい。灼けて死んでもかまいません。」

オリオンは勇ましい歌をつづけながら彼などはてんで相手にしませんでした。

彼は泣きそうになって、よろよろと落ちて、それからやっとふみとまって、もう一ぺんとびめぐりました。

それから、南の大犬座の方へまっすぐに飛びながら叫びました。

「お星さん。南の青いお星さん。どうかおれをあなたの所へつれてって下さい。やけて死んでもかまいません。」

大犬は青や紫や黄やうつくしくせわしくまたたきながら云いました。

「調子に乗らないで。あなたなんか一体どんなものよ。たかが鳥じゃない。

 あなたのはねでここまで来るには、億年兆年億兆年ね。」そしてまた別の方を向きました。

彼はがっかりして、よろよろ落ちて、それから又二へん飛びめぐりました。

それから又思い切って北の大熊星の方へまっすぐに飛びながら叫びました。

「北の青いお星さま、あなたの所へどうかおれを連れてって下さい。」

大熊星はしずかに云いました。

「余計なことを考えるものではありません。少し頭をひやして来なさい。そう云うときは、氷山の浮いている海の中へ飛び込むか、

 近くに海がなかったら、氷をうかべたコップの水の中へ飛び込むのが一等でしょう。」

彼はがっかりして、よろよろ落ちて、それから又、四へんそらをめぐりました。

そしてもう一度、東から今のぼった天の川の向う岸の鷲(わし)の星に叫びました。

「東の白いお星さま、どうかおれをあなたの所へ連れてって下さい。やけて死んでもかまいません。」

 鷲は大風(おおふう)に云いました。

「ダメダメ、とてもとても話にならないね!星になるには、それ相応の身分でなくっちゃ〜、それにお金もたっくさんね!」

彼はもうすっかり力を落してしまって、はねを閉じて、地に落ちて行きました。

そしてもう一尺で地面にその弱い足がつくというとき、彼は俄(にわ)かにのろしのようにそらへとびあがりました。

そらのなかほどへ来て、彼はまるで鷲が熊を襲うときするように、ぶるっとからだをゆすって毛をさかだてました。


それからキシキシキシキシキシッと高く高く叫びました。その声はまるで鷹でした。

野原や林にねむっていたほかのとりは、みんな目をさまして、ぶるぶるふるえながら、いぶかしそうにほしぞらを見あげました。







寒さにいきはむねに白く凍(こお)りました。空気がうすくなった為に、はねをそれはそれはせわしくうごかさなければなりませんでした。

それだのに、ほしの大きさは、さっきと少しも変りません。つくいきはふいごのようです。

寒さや霜がまるで剣のように彼を刺しました。彼ははねがすっかりしびれてしまいました。

そしてなみだぐんだ目をあげてもう一ぺんそらを見ました。そうです。これが彼の最後でした。

もう彼は落ちているのか、のぼっているのか、さかさになっているのか、上を向いているのかも、わかりませんでした。

ただこころもちはやすらかに、その血のついた大きなくちばしは、横にまがっては居ましたが、たしかに少しわらって居(お)りました。


それからしばらくたって彼ははっきりまなこをひらきました。

そして自分のからだがいま燐(りん)の火のような青い美しい光になって、しずかに燃えているのを見ました。

すぐとなりは、カシオピア座でした。天の川の青じろいひかりが、すぐうしろになっていました。

そして彼の星は燃えつづけました。いつまでもいつまでも燃えつづけました。




 今でもまだ燃えています。















・・・

宮沢賢治の「よだかの星」のアビスパロです。
某大学一般二期の国語の読解問題を解きながら思いついたシロモノ(爆)
ほぼコピペの文章に、一人称や口調を変えてアビスキャラっぽくしただけです。

以下、当時のプレイ日記のコメントから抜粋。


これは、「真の名前」「真の姿形」を探して旅立ったよだかの物語。

俺は逆行小説の中で、ルークの本当の名前を考えましたが、
原作では「ルーク」と「アッシュ」しか出てきませんでした。
ルークの本当の名前ってなんなんだろうな。
「レプリカルーク」は、いわば「大佐」とか「師団長」とかそれに近いものだと思ってます。無二じゃないもんね。作れば出来る。
じゃあ「愚かな」が付きゃあいいのかって、形容詞ついたら名前じゃないやん!そら文だ!(笑)
だからまあ二次創作したんだけども、この話を読んで余計にそういうことを考えました。
それにしても、ふらりと読んだだけで心に来る文章ってすごいね。うん。


〜配役(気持ち)〜
よだか(彼):ルーク
鷹:アッシュ
川せみ:ガイ
蜂雀:ナタリア
お日さま:ローレライ
オリオン座:ヴァン
大犬座:ティア
大熊星:ジェイド
鷲の星:アニス




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